変化はチャンス! CHANGE is a CHANCE!

変化をすることは、大きなエネルギーがかかります。
変化をすることは、今までの流れを打破しようとするため、
いろいろな問題や困難が発生するのはつきものです。

じゃあ、だからって、
諦めてやめますか?
足踏みして踏み出せないですか?

 

英語で「変化」は「CHANGE」という単語です。
さて、この「CHANGE」には “T” が隠れています。

そう、“G” アルファベットのなかにありますよね。

“T” は「TROUBLE」 トラブル、つまり問題や障害です。
“T” を取り除きましょう。
“T” はトラブル、つまり問題や障害を取り払うことができたら、

なんとっ!
そこには「CHANCE」という単語が現れます!

「CHANGE」(変化)という単語は、
「CHANCE」(チャンス)という単語に変わります。

そうっ!
CHANGEはCHANCEに・・・CHANGEはCHANCE・・・変化はチャンス!

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結構目からウロコな例えですし、インパクトありますよね。
昔海外著者のビジネス書で見た内容からの受け売りです。

ぜひ仕事のプレゼンテーションに!
ぜひ相談やアドバイスの空気を変える場面に!

実際、とても理解しやすい、大切な考え方だと思います。

こんなふうにホワイトボードや紙に書きながら披露すると、
より効果的です。

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ネタというよりも、
ほんと大切な考え方、背中をおしてくれる言葉、人生のテーマ、
そのくらいの価値あるものだと思います。

ビジネス名言のなかにも同じような言葉があります。

『生き残っていけるのは、強い者でも賢い者でもない。常に変化し続ける者である。』

 

成長期と成功期

成長曲線とは?
一般的にはグラフで右肩あがりな曲線もしくは直線で表される。

でもその線をよーく見てみると。
直線と思ったその線は、階段上のギザギザな線になっている。

つまりスムーズな直線や曲線で上昇しているのではなく
紆余曲折を経て、一つ一つ階段を登っているようなもの。

これが実態としての成長曲線。

 

成長期と成功期。
成長期とはインプットやアウトプットをしながら、学ぶ期間、つまり成果。
成功期とはその過程やプロセスが花開く期間、つまり結果。

だからひとりひとりの成長曲線は違う。

人によっては、急な段差の階段をかけ上げる人もいる。
人によっては、小さな歩幅で一歩一歩確実に登る人もいる。
人によっては、勢いで2段上がりする人もいるかもしれない。

長い階段には踊り場がつきもの。

人によっては、途中の踊り場が広い、
つまり踊り場の期間が長い人がいる。

この平らな面こそが、休息期でもあるが、次の成功期への成長期。
成功への学びの蓄積期間であるということ。

楽器やスポーツでも、練習を繰り返して、
ある日突然そこをクリアすることがある。

練習を繰り返している期間が成長期、
できるようになって発揮している期間が成功期。

この成長曲線の話と成長期・成功期という考え方を本で知った時は
なんか背中を押された気分というか、大丈夫だよ、と言ってもらえた気分だった。

だから、誰しも成功期よりも成長期のほうが、
確実に時間は長いのです。

たとえ停滞していても、止まっていて、そこの踊り場が長くても、
その分だけ助走をつけて次の一歩を大きく踏み出せる場所、
ということ。

成長も成功もくすぶっているな、という感情に陥ったときには、
このように、「成長」と「成功」を分けて考えてみてください。

なにか自分のなかに手応えや自分への承認
次へのエネルギーが芽生えるかもしれません。

成長曲線とは、一直線な軌道ではなく、実は階段状だった。

成長期と成功期

 

継続は力なり

小学校4年生のときに。
3月の終業式のときに担任の先生からもらった言葉。

4年生といえば、3-4年生の2年間の担任とクラス仲間が別れるとき。
その終業式のときに、担任の先生がクラス生徒ひとりひとりに
思い思いの言葉を色紙に書いてくれて渡してくれた。

そのときに自分がもらった言葉が「継続は力なり」だった。

うっすら意味くらいはわかっていた年頃だったとは思うけれど
やっぱり年を重ねるたびにまた、この言葉の重みを感じる。

継続は力なり。

意味は、
『継続してなにかをしていけば、いつか必ず力になる。』
これが一般的。

実はもうひとつ違った角度からの意味づけがある。
それは、
『継続してなにかをするには、力が必要である。』

このふたつの意味で、はじめて「継続は力なり」とは何たるかを
完成させているように思う。

継続することの大切さと大変さ、そこから見える先の光。
わかっているけどなかなかできない「継続」。

そんなときは、上の大切さと大変さ、をもう一度かみしめてみては。
そう、なかなか継続ってできるもんじゃない。
軽くできると思ってしまうから、できなかった自分に挫折してしまう。

はじめる前に、大変さ、力が必要なことを理解していれば、
軽はずみに始めないし、腹をくくって覚悟を決めてかかるかもしれない。
そしたら、スタートダッシュして継続しやすくなるかもしれない。

このふたつの意味をならべてみて、改めてそう思う。

 

毎日が人生の分岐点

人生は、毎日の選択の結果。
今日また、何を選択するかで、未来が変わっていく。
目指すことを変えれば、選ぶ基準が変わり、
そのときから、それまでとは違う人生がはじまる。
いつでも新しい人生をはじめることができる。
今日も分岐点。
さて、何を目指そうか。

 

この言葉たちの印象がずっと鮮明に残っていた。

ターニングポイントという言葉もある。
「人生のターニングポイント」

それは進学、就職、結婚などなど、
人生における一大イベントのようなもの。
もちろんそれも大きな選択だし、分岐点。

毎日が選択の連続だとすると、毎日が分岐点、になる。
そのニュアンスがとても気に入っている。

 

たとえば、日常生活でも、
今日のランチはなににしようか? でもいい。
いつもと同じ近くのコンビニで買い物するか? 何を買うか?
これも選択のひとつ。

同じコンビニでも、自分の定番ランチを買うときもあれば、
ちょっと違うたまたま見つけた新商品を試してみる選択もある。
そしたら、その話題でどこかでの会話が弾むかもしれない。
その商品を選んでいなければ、なかった会話と共有が。

そういう意味で、毎日が人生の分岐点。
大なり小なり、意識的であれ無意識的であれ、
みんないつも選択の連続。

自分が無意識にせよ選んでいる選択が、
その人の人生をつくりあげている。
それによって、新しい発見、新しい出会い、新しい視点、その連続。

強引な言い方をすれば、必然的に、自覚症状がないにしても、
みんな自分の手で未来をつくっていると言っていい。
どんな未来かはその人次第。

 

毎日、大通りでも路地裏でも、
何十回何百回と交差点の前に立っていると思うとわかりやすい。

さて、ここを右に曲がるか、左か、真っ直ぐか、それとも引き返すか。
自ら選択して進んでいる。
ゴールは同じ場所のときもあるけど、その行き方、過程はたくさんある。

毎日が人生の分岐点。
最後の言葉もいい。
「今日も分岐点。さて何を目指そうか。」

ブログ101回目にして、
新しいスタート地点、いや分岐点という気持ちで。

 

正範語録 ~詠み人知らず~

『正範語録』

実力の差は努力の差
実績の差は責任感の差
人格の差は苦労の差
判断力の差は情報の差

真剣だと知恵が出る
中途半端だと愚痴が出る
いい加減だと言い訳ばかり

本気でするから大抵のことはできる
本気でするから何でも面白い
本気でしているから誰かが助けてくれる

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人が懸命に生き、懸命に働くことの大切さを説いたもので
生活にも、仕事にも、人生にも通じる。
わかりやすい言葉で、心にしみ入ってくる。

そんな「正範語録」、実は詠み人知らず。
誰が言ったのか、いつ言ったのか、どこで言ったのか、どんな状況で。
推測や噂がまわっているだけで、正確なことはわかっていないという。

そこもまた魅力的だと思う。
詠み人の人格や時代に左右されず、受け手にすべてを委ねられる。
すべて自分の受け止め方、すっと自分のなかに入ってくる、ということだから。

身につまる思いもあれば、清々しい凛とした思いにもなる。
研ぎ澄まされた言葉。
シンプルであり、深い。